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明確な目標と2つの軸で推進したトリドールのDXの秘訣【前編】

こんにちは、みんなのリテールDXの望月(大)です。
株式会社トリドールホールディングス(以下、トリドールHD)は、讃岐うどん専門店「丸亀製麺」を中心に多くの外食ブランドを展開しています。トリドールHDはITサービス会社とパートナーシップを結びSaaSにシステムを変更するなど、積極的にDXを推進しています。今回小売業でも活かすことが出来るDXの秘訣について、DX推進の責任者である株式会社トリドールホールディングス 執行役員 兼 CIO/CTO の磯村康典さんにお話を伺いました。

磯村 康典 氏(株式会社トリドールHD 執行役員 兼 CIO 兼 CTO )

大学卒業後、富士通へ入社しシステムエンジニアとしてのキャリアを開始。ネット黎明期にソフトバンク社に入社し、その後、小売業等の数社でECシステム開発・運用責任者を務める。2008年にガルフネット社 執行役員へ就任し、飲食業向けITシステム・アウトソーシングサービスの開発・営業責任者を担い、2012年Oakキャピタル 執行役員へ就任し、事業投資先であるベーカリーやFMラジオ放送局等の代表取締役を務めながらハンズオンによる経営再建に従事。2019年に株式会社トリドールホールディングスに入社し、執行役員CIOへ着任。

トリドールHDはもともと変化に対応する力が強い会社

ートリドールさんは先進的なDXの取り組みをされています。これまでの世の中の状況と絡めた取り組みのなかで、小売業界の参考になるようなヒントをいただきたいと思っています。

磯村さん:トリドールHDは変化に対応する力がある会社です。これは過去の歴史も絡んでいて、 もともと焼鳥居酒屋を出店していました。それが上場するタイミングで、なんと鳥インフルエンザが流行り、上場プランは一度白紙になりました。当時まだ丸亀製麺はその業態を始めたばかりでしたが、丸亀製麺を主力業態に変えるプランに作り直して上場しました。その時点ではまだトリドールHDでは焼鳥の店舗が売上のトップでしたが、将来像は讃岐うどんでの全国展開を掲げ、実際に実績を伸ばしました。ここで大きなチェンジをしています。

今回もコロナ初期には丸亀製麺はイートインしかありませんでした。そこから2ヶ月でテイクアウトを始めました。これは変化に対する店舗の対応なので、DXは関係ありません。


こういった背景もあり、もともと店舗にはすぐに変化に対応するDNAがあります。それに対して、最初はトリドールの本社が店舗側についていけていないのでは?という感覚を持っていたんです。

事業会社はスピードに向き合おうとしているが、本社が後ろでしっかり兵糧を送れていない、本社が足かせになっている感覚がありました。だから本社のスピードを上げると、店舗はもっとやりやすくなり、提供する品質ややりきれていなかった部分に注力出来るんじゃないか、これは3年前から思っていました。

結局BPO※に仕事を切り出すこと=オペレーション業務を全部手放すので、そうするとみんな戦略的な仕事や企画など、考える仕事の割合が圧倒的にどの部門も増えました。そういう意味ではDXで仕事の仕方は変わったと思います。

※BPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)とは、通常の外部委託とは異なり、一連の業務プロセス、一つの部署を丸ごと外部委託することです。

DXを進めるうえで重要なコミュニケーション力

ー独自開発ではなくSaaSサービスを選択する上でデメリットはありましたか?

磯村さん:デメリットはないですね。一般的にSaaSを導入する際のデメリットで考えるのは、まずコストが高くなるんじゃないかという懸念と、自分たちの思う仕様にカスタマイズできないこと。この2つだと思います。

ー小売業はその懸念が多いと思います。特にスマホアプリの場合は独自で取り組みたいところが多いかもしれません。

磯村さん:トリドールHDもスマホアプリをやっています。提携しているヤプリさんもDXの考え方は同じで、標準機能の中に丸亀製麺のアプリにないものは、ヤプリさん側に追加機能として開発をしてもらいました。こういった話を実現するためには、それぞれの会社の上層部が信頼関係を築かないと難しいです。

丸亀製麺公式アプリ HPより

ーお互いの信頼でパートナーシップを組めることは大きいですね。

磯村さん:単なる取引先・顧客の関係ではなく、パートナーシップぐらい踏み込んでやるには、上層部でしっかり合意しないと難しいです。現場だけだと分かり合えないレベルの話になると思います。日本の縦社会ではレイヤーが上がると「何も知らなかった」みたいなことがありますよね。だからそこは気を付けています。

トリドールHDでDXを担当しているのはBT本部(ビジネストランスフォーメーション)という組織ですが、ここは基本的に組織をフラットにしていて、毎週私が全員の進捗報告を聞いています。

ートップが直接報告を聞いて判断するんですね。

磯村さん:一見マイクロマネジメントに聞こえるかもしれないですが、ひとりに対して任せている仕事の粒が大きいので、そうしないと大きな取り組みや仕事を起こせなくなるんですよ。もちろん直接全部をフォローできないので、中間管理職がそれぞれフォローアップをしてくれています。

ー仕事の粒が大きいとのことですが、優秀な人がいないと任せられないんじゃないですか?

磯村さん:どちらかというと現場とコミュニケーションができる、ITサービス会社とコミュニケーションできる能力が大切です。

要はIT企業のプロジェクトマネージャーとは違い、自分たちが開発する部隊をマネジメントするわけじゃない、つまり生産プロセスをマネージメントしないので、ほとんどはコミュニケーションになってきます。

現場の要件をしっかり把握し、自分たちでそれをどういう仕様にするか考え、ITサービス会社と相談した結果、どう実装するかになります。現場だけで決められなくてもよくて、情報を集めて、決められない部分は私に相談してくれればいいので。そういったコミュニケーションをしっかり取れる人じゃないとダメですね。

ーBT本部全体のチームの信頼感のベースが高いですね。

磯村さん:今となってはそうですね、もともとDXを始めたときは、IT部門の改革から始めました。まず自分たちの部門から改革する必要があり、データセンターを無くし、その後3か月でクラウドに移行しました。

DXを進めるときのノウハウかどうかを判断する基準

ーBPOで業務を切り出すことで、社内にたまるべきだったノウハウがたまらなくなるケースはどう考えましたか?

磯村さん:そこはトリドールHDが世の中に対してズバ抜けてやれている領域だったり、もしくは直接会社に価値を生み出している領域かどうかで判断しました。

ーその基準でもうハッキリ分けるんですか?

磯村さん:ハッキリ分けます。ITの内製はITサービス会社が以前から作っているソフトのほうがいいはずです。僕も以前外食向けのITサービスを提供している会社の在籍時、トリドールHDも顧客の1社でした。その会社では他の居酒屋などの業務もたくさんやっていて、トリドールHD社内にあるのがノウハウかそうじゃないかについてはっきり言えました。

だからノウハウではない業務に関わる部分については、ITサービス会社から提供してもらうと割り切りました。経理業務も何がノウハウなのか。例えば会計基準は一緒だから早く正確にやればいいだけです。100〜200社分を1箇所でやっているBPOのほうがノウハウがあるとなると、もう人事や経理、給与計算の業務には全部独自性がいらなくなります。

しかし人事で気を付けないといけないのは、人事評価制度は会社の文化に合った評価の仕方があるという点です。でも給与計算に独自性はありません。ワークスケジュールについては組み方があるので、追加機能として開発してもらいました。勤怠管理は労務管理なので、これも独自性は必要ありません。だからどう切り分けるかが必要になります。

その業務にまで踏み込まないと適切に切り分けることはできません。人事・経理ぐらいの枠で業務を切り分けていたら適切な切れ目が入りません。例えば勤怠を打刻して給料を払い、残業代を計算するところは国が定めたルール通りやるしかないんです。この部分は標準的なSaaSが使えます。

例えば、ワークスケジュールを自動で組むSaaSはまだ世の中にはありません。でもトリドールHDはその機能を管理していく力がないため、全店舗で導入することを提案して、ITサービス会社に機能を開発してもらった方がいいと考えています。ワークスケジュールを組む機能がトリドールHDのノウハウかどうかで言うと、そうではありません。そこで売り上げを生み出しているわけではないので。そのため、その機能については他社さんに機能を利用してもらってもいいと考えています。オープンソースの精神と一緒で、ワークスケジュールを自動で組む機能で業界が良くなってほしいという感覚があります。

DXを推進するために誰が「Why」の部分を発信するか

磯村さん:DXは何か課題を持っていて、それを実現する意識がないとできません。トリドールHDも何も目標を持っていなかったら出来ませんでした。「グローバルフードカンパニーを目指す」という大きな目標があるから、スピード感をもって成長しないといけません。外食に関わらず日本企業は成長が遅いと言われているじゃないですか。
 
会社の成長するスピード感を考えると、仕組みは自分流にこだわっている場合ではありません。そこは実際にグローバルカンパニーで使われている実績のある仕組みを使った方が、スピード感が早くなるわけです。

ー投資金額も桁が違いますよね?

磯村さん:結果的にシステムを入れ替えたほうが安く済みました。会計ソフトも入れ替えるとランニングコストは下がりました。しかも、100ヶ国以上の言語も通貨も対応していて。

ーこれからの展開が非常にやりやすくなりましたか?

磯村さん:そうです。もう香港の店舗には導入しています。

ーDXをするための「Why」の部分が明確で、 みんなが納得しやすい文脈が散りばめられてますね。

磯村さん:その通りです。DXを推進するための「Why」の部分は役職者から発信するのが重要です。トリドールHDは社長の粟田の言葉が1番強いんですよ。今もミッション・ビジョンをやるためにDXを行っていると自ら口に出してくれているのは大きいです。

ートップのコミットメントもあり、それを実行する責任者のプロのやり方と経験が本当に噛み合っているのがイメージできました。

磯村さん:「何でやるのか」の部分と「具体的に何をどうするのか」の両方のステップですね。私は「具体的に何をどうするのか」目指す姿を描きましたが、「何でやるのか」はトップである粟田とすり合わせました。会話をしていくなかで「そうか!」と社長のなかで繋がったとき、僕の中でもスッキリしました。

最初に僕はグローバルフードカンパニーを目指すためにはスピード感が必要だと気づき、それを前面に考えていました。しかし粟田と会話するうちに「食の感動体験」を追求する場合、店舗で働く人の手数を減らしてより良い「食の感動体験」を作るほうに力を回さなければならないと一致し、その方向に舵を切りました。


【後編】へ続く

最後までお読みいただきありがとうございました!
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この記事を書いたのは・・・
望月(大)
メディア側も広報側の視点も知っている男。個人でメディア「まえとあと」も運営している。