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リテールメディアが解き明かす顧客インサイト、キリンビールが得た「クラフトビールはみんなが飲みたい」という知見

これまでの記事でも、リテールメディアの存在価値についてさまざま話し合ってきました。メディアと購買行動が直接紐づく形で、認知から購買まで、データの一貫性を持って顧客導線を可視化できるリテールメディアは、小売の新しい可能性として注目を集めています。

キリンビール株式会社(以下キリン)のマーケティング本部 営業部 企画担当 アソシエイトの横山 圭さんと、同社クラフトビール推進プロジェクトの保田 真人さんも、そんな新しい可能性にチャレンジしたチームの一員です。横山さんは、営業が使うデータの整備・提案の武器開発をミッションとしており、データサイエンス技術を用いたアプローチで営業の後方支援を担当。また、保田さんはクラフトビール市場の拡大をミッションに立ち上がったプロジェクトの一員として、「ビールに精通している人が好むクラフトビール、というイメージから、幅広いお客さまに好まれるクラフトビールにしたい」という未来を目指しています。

ブランド育成ツールとしての期待

横山さんと保田さんは、リテールメディアの活用について「まだまだ試行錯誤中ですけどね」と笑いながら話します。「リテールメディアは従来にはない新しい媒体なので、社内でもまだきちんとした位置付けがなされているわけではありません」(横山さん)としつつも、PoCを実施して効果があるソリューションなのか検証していかないと、今後のトレンドになりうる存在かどうかもわからないとして、リテールメディアと向き合ったそうです。

横山さんと保田さんが、リテールメディアの存在価値を見出したポイントは下記の3つです。

  • ブランドの育成

  • お客さまの理解

  • 営業活動の効率化

リテールメディアは、お客さまにブランドや製品カテゴリの背景を知っていただくためのコンテンツを直接届けることが可能です。それがブランドに対する信頼性の向上や満足度、ひいては購買意欲にも繋がるため、ブランドの育成というポイントに繋がるのです。

お客さまの理解は、ID-POSとの連携により、どのような購買行動に行き着いたのか、コンテンツと連動させてみることができるのみならず、アンケート調査においてもその効力を発揮します。後述しますが、パネル調査によるデータ分析だけでは浮かび上がらない、小売店の実ユーザーの生の声を感じられるポイントが大きいのでしょう。

営業活動の効率化においては、お客さまの理解と同様にID-POS連携をはじめとしたデータの蓄積によるPDCAサイクルと「D&Sさんの場合、複数の小売企業が参加しているプラットフォームなので一度の施策で複数企業への施策が実行可能ということもあり、時間・費用ともに効率化ができる」(横山さん)というメリットが挙げられます。

マーケティング本部 営業部 企画担当 アソシエイトの横山 圭さん

ではなぜ、キリンとしてこれらの3つの価値をリテールメディアに見出したのでしょうか?

キリンはかねてより、「社員全員でブランドを育てていく」ことを掲げています。「お客さま視点で、ブランドがどう思われるべきなのか?」(保田さん)という議論が、日々される中で、「100年後も企業として生き残るために、そのブランドがお客さまの目に写った時、"価値あるもの"として認識されている必要がある。キリンロゴのブランドに繋がるように、商品レベルで魅力を増していくことが私達の使命」(保田さん)と言います。

その一方で、営業的観点からすれば売上が第一目標であり、間口を広く(お客さまの数を増やす)、奥行きを深める(購買量を増やす)ことが求められます。「これまではCMを打って、同じメッセージをPOPで伝えてきましたが、それが最適な手法なのかという点についてはまだまだ検証の余地が残っていました。」(横山さん)という実情もありました。

そこで出会ったのがリテールメディアというわけです。

「小売の店舗で、どうお客さまとの接点を作るのかという思考になれるし、そもそもアプリで来店前の顧客導線を設けることができる。コンタクトポイントが増えるだけでなく、例えばチラシを打っていない小売であっても、リテールメディアのデータから知見を得られる点は、お客さまの理解を深める上で重要なポイントだと感じる」(保田さん)

クラフトビール推進プロジェクトの保田 真人さん

「深い顧客接点」という価値を生むリテールメディア

小売の店舗において、消費財メーカーが消費者に対してアプローチできる訴求要素は、大まかに価格とPOPに限られます。しかし保田さんは「我々が今取り組んでいるクラフトビールのカテゴリは価格訴求が難しい」と言います。
「店頭だけだと、お客さまと商品の接触時間は10秒もない。CMも15〜30秒に限られる。しかも、新しいカテゴリのクラフトビール体験をした人は絶対的に数が少ないし、試飲した人が情緒的にその感動を他人に伝えられるかといえば限界がある。そういう意味で、リテールメディアは購買行動の直前に、メディアとして商品理解してもらう"深い顧客接点"という価値が多分にあると思う」(保田さん)

「深い顧客接点」というキーワードはリテールメディアのメリットを端的に表しており、実際にキリンもアプリ内で漫画などの「じっくり読まれるコンテンツ」を用意。お客さまの商品カテゴリの理解を深めることを可能にしました。

「キリンとしての情報発信はWebサイトから工場見学まで、さまざまなお客さまとの接点がある。その中でリテールメディアに見いだしている価値は、ID-POSが紐づいていることで、『実際の購買行動はどうなの?』と検証できるのがいいところだ。事後アンケートだけでは見えないお客さまの行動を、『これを見たら買ってくれる』『これを見ても買ってくれない』というコンテンツの親和性の検証を含めて、お客さまを理解できる点が大きい」(横山さん)

今回のPoCでは、D&Sソリューションズも交えてコンテンツの方向性について議論しました。
SPRING VALLEY(以下SV)を起点としてクラフトビールカテゴリーを創造していくために、まずはこれまでクラフトビールの飲んでこなかったお客様にカテゴリーの価値を知っていただくことが重要であるという観点から、コンテンツも商品単体の訴求だけではなく、カテゴリー自体の魅力をお伝えする内容としています。

「もちろん、商品認知を取りたい思いもあるが、何よりリテールメディアというツールでコンテンツの接触から購買まで、一気通貫のデータが得られる利点を会社の知見として貯めることで、色んなところに活かせる下地がある。仮説を立てながら会社として望めることが大切なので、『これだけの知見が貯められるのか』という驚きもある」(保田さん)

購買データに基づくアンケートのインパクト

コンテンツ接触のみならず、PoCの中でもう一つ大きな価値を見いだしたリテールメディアの機能としてアンケート調査が挙げられます。キリンとD&Sソリューションズは、ID-POS分析と連動したアンケート調査を行うことで、ビール購買層/非購買層を跨いだ購買行動の実態調査を可能としたのです。例えば、デシル分析におけるビール購買の上位層ほど、クラフトビールの購買に直結するのかと思いきや……?

「基本的に消費財は、2割の人が8割の購買を占めるという2:8の法則(パレートの法則)が当てはまることが多い。しかし今回の結果は異なり、普段はビールを飲まない人もクラフトビールを購入されていることが浮き彫りとなりました」(横山さん)

出典:キリンビールHP

想定よりも幅広くSVが買われており、ビールを飲む人だけの市場ではないことが見えてきました。しかもこれは、アンケート調査という意識ベースではなく、ID-POSという「実際の購買データ」ベースの結果です。ただ、「今後の市場の広がりに期待する一方で、コアファンの存在がまだそこまで多くないことも明らかになった」(横山さん)とのことで、「だからSVだけではなく、ブルワリーさんを含めて、優良顧客化していくという戦略が大事だと思う」(保田さん)。

保田さんは続けて、「D&Sソリューションズの場合、ID-POS連携でアンケートとのクロス集計ができるだけでなく、データの取り扱い自由度の高さが良かった」と話します。定性的な声と売上をクロス集計できることで、これまではお客さま理解を深めるため、という目的だけになっていたアンケートに、ID-POSによる売上との連動要素が加わることで、仮説を散りばめながら売上の集計、直接的な結果が見えてくることが利点だと話します。

アンケート調査については、従来型のモニター・パネル調査で人口分布を日本の縮図となるよう設計できるものも存在します。「それはそれで、ずっと使っているし、なくなることはないでしょう」と言いますが、リテールメディアのID-POS連携によるアンケート調査は、「普段どういうものを買っているのか」「どう行動して商品にたどり着いたのか」が理解できるため、事前に想定できなかったような内容も含めて、よりリアルに顧客を理解できるという実感を持っているようです。「もちろん、女性の割合が高くなるといった課題もあるが、インセンティブがなくてもアンケートのボリュームが稼げるリテールメディアの威力を感じている」(横山さん)

面白いところでは、小売店に紐づいたアンケート結果と購買動向が浮き彫りになるため、小売店のバイヤーさんに対して、売り場設計の説得材料になるとのこと。例えば「クラフトビールは高いから、特別な時に飲む」といったアンケート結果があることで、「御社のお客さまからこういう傾向が見えている」と、データやアンケートの自由回答を材料として提供するそうです。

PoCから見えたリテールメディアの可能性

PoCを経て、キリンは今後どのようにリテールメディアを利用していくのでしょうか?保田さんは「もっと未顧客を理解したい」と話します。

「こういう取り組みによって浮かび上がったクラフトビールに対する寛容度が高い人に対して、奥行きを深めたい、間口を広げたいと考えています。今回のアンケートで、未顧客のインサイトも見えてきたので、その層に対するアプローチの方法もあるんじゃないかなと」(保田さん)

これに対してD&Sソリューションズの望月は「技術的にできるので、ぜひ色々検討できれば。例えば、ビールを買っていない人に対してLINEでアンケートをプッシュ通知して『なぜビールを買わないのか?』とアンケートを取る。想定される回答として『高いから』といった主な項目が上がるかもしれないが、それをどう乗り越えて次の質問に繋げるのか、その当たりが我々の腕の見せ所だと思っている」と答えます。

一方の横山さんは、「案件ごとに力点を調節して、PDCAを回す機会を増やしたい」と話します。これは、一つのアンケートに集中して事細かに設計するよりも、細かく多数のアンケートやコンテンツの出し分けを行うことで、ID-POS連携による購買データの変動をつぶさに見極めて、たくさんのPDCAを回したいという考えです。「やりたいことは、最初に話したブランドの育成とお客さまの理解、営業活動の効率化。そのポイントのために、やることはPDCAサイクルの高速化なのかなと」(横山さん)

これについても、D&Sソリューションズの望月は「クラフトビールのコンテンツを定期的に流して接触頻度を高める環境は作ったほうが良いと思っている。『クラフトビールとは?』というコンテンツを1回流しただけでお客さまの理解には至らないし、先ほどの"未顧客"は、『ペールエールとは?』『クラフトビールって結局何?』みたいな疑問も絶対に抱いている。その解決策を用意して、購買までの情報設計をまとめられるのがリテールメディアなので、ぜひその取組を深めていきたい」と答えます。

キリンは、クラフトビール市場に明るい未来を描いています。それは、単なる"市場規模"を追い求めるだけでなく、リテールメディアを通したコンテンツ提供によるお客さま理解の醸成や、インサイトを紐解いた嗜好の分析を通して「クラフトビールがある生活」を、お客さまに楽しんで頂こう、という取り組みです。リテールメディアと伴走するキリンの取り組みは、これからのデジタルマーケティングの新しい形を先んじて作っているのかもしれません。

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この記事を書いたのは・・・
ヒロシ
仕事で対面の機会が増えてきたのに、湘南へ引っ越したアラフォー一歩手前の映画好き。現金決済が苦手で、現金オンリーの店は避けるタイプ。