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独自性を生かした変化を目指して。バローHDが取り組むDXのこれまでとこれから

こんにちは、みんなのリテールDX編集部のユウキです。

小売・食品メーカーの業界において、リテールDXに積極的に取り組んでいる企業のキーパーソンに、現場の生の声を聞く連載「リテールDX事例、あの会社に聞いてみた」。今回お話をうかがったのは、株式会社バローホールディングスの小林正典さんです。

小林さんは、同社でグループ全体のDXを推進する流通技術本部に所属。システム部として社内の変化に携わってきました。商品の入れ替わりが早いこと、幅広い年代の消費者が利用することなどから、他の業界と同様のデジタル化が難しいとされるスーパーマーケット業界で、バローHDはどのようにDXへと取り組んできたのでしょうか。

小林正典(株式会社バローホールディングス 流通技術本部 システム部 部長)
専門店業界を経てバローHDに入社。AWS基盤の拡充、スマートデバイスの配備、MS365の導入などグループDXの基盤整備を推進。

小林 正典 氏

背中合わせにあった強みと課題。“バローHDらしさ”がDXの基本指針に

株式会社バローホールディングス(以下、バローHD)は、東海地方を中心にスーパーマーケットやホームセンター、ドラッグストア、スポーツクラブなどを展開するチェーンストア企業です。直に消費者に接する事業だけでなく、農産物の生産、食品の製造・加工、物流、資材の調達といった幅広い機能をグループ内で補完。自社を「製造小売業」と位置づけ、企業活動を続けてきました。

同社でデジタル化の動きが熱を帯び出したのは2017年、グループ内で共通して利用できる決済機能付きポイントカード「Lu Vit(ルビット)カード」を立ち上げたことがきっかけでした。しかし、当初は各社が足並みを揃えながら施策に取り組める環境ではなかったそうです。

小林さん「ハウスカードの導入により、デジタルを店舗運営に活かそうとする気運は高まりました。けれど当時は、各社がそれぞれに施策を打つような状況。ある業態はECに、またある業態は実店舗での集客に、と思い思いの方向に進んでいました。

それではグループの特色を生かせないと、横断する体制づくりをスタートさせたのが2020年4月です。店舗運営の管理と効率化を専門とする『管理本部』と、バローHD全体でのDXを推進する『流通技術本部』の2本部体制に移行し、全社を挙げての取り組みが始まりました。」

バローHDが商圏とする東海地方は、多様な地域で構成されています。名古屋市のような大都市がある一方で、人口が少なく高齢化の進む自治体も少なくありません。また、製造から流通、販売までを自社で担う同社には、「製造小売業」であるがゆえの画一的なデジタル化の難しさもありました。

小林さん「デジタル化への取り組みを価値あるものとするためには、バローHDならではの独自性を維持しながら、グループ全体で同じ方向を見る必要があると考えました。流通技術本部に求められたのは、それぞれに独自の事業を抱えるグループ各社をつなぐハブの役割です。地域の特色を踏まえたうえで、どのようにして多種多様な各社の事業をつなげていくのか。その点が最大の課題でした。

一方で、そうした特色は、私たちの強みであるとも感じました。地域性や業種を限定せず展開することで、より幅広い情報が得られる部分もあるのではないかと。例えば、当社には、同じ敷地・同じ物件内に、スーパーマーケットやホームセンター、ドラッグストアが併設されているケースがあります。これまではそれぞれの業態のなかでのみ顧客管理をおこなっていたんですが、Lu Vitカード・ルビットアプリを導入してからは送客データなども検証できるようになりました。これらの情報をどのように生かしていくのか。効果検証を続け、意義を見出していきたいですね。」

キーワードは「コミュニケーションの加速」

バローHDは2021年、中期経営計画の柱のひとつに「DXを通じた情報連携によるビジネスモデルの進化」を据え、「コミュニケーションの加速」というキーワードを掲げます。その上で特に重視したのが、「製造強化のコミュニケーション加速」「本部・店舗間のコミュニケーションの加速」「お客様とのコミュニケーションの加速」の3つの軸でした。

「製造強化のコミュニケーションの加速」では、スーパーマーケット中心に整備されていた社内の仕組みを見直し、製造・流通まで含めたサプライチェーンの効率性を重視しました。その一環として同社は2022年1月、日本気象協会による気象データとソフトバンクによる人流統計データから来店客数を解析する需要予測サービス「サキミル」の実証実験を、グループ内のドラッグストアチェーンで開始しています。

小林さん「実証実験では、来店客数の予測精度がこれまでより6%向上したという結果が出ています。このデータと自動発注をかけ合わせることで、欠品を15%、廃棄を3%削減できました。今後は社内でデータの検証を進め、さらに精度を高めていきたいと考えています。将来的には、ドラッグストアでの実用化や他の事業での活用も視野に入れています。」

一方、「本部・店舗間のコミュニケーションの加速」では、2,000台のスマートデバイスをスーパーマーケット・ホームセンターの全店に配備。社内の連携を強化し、円滑に業務を進められる環境を整備しました。

小林さん「これまで両業態の店舗では、情報端末がバックヤードにしか設置されておらず、バックオフィス業務をおこなうには都度、店頭からバックヤードに移動する必要がありました。こうした状況を非効率だと考えたのが、スマートデバイス配備の理由です。

2022年9月には、本部・店舗間のコミュニケーションを補助するアプリも稼働予定です。従来の仕組みでは、商品の入れ替えや売場の変更といった指示を店舗単位でしかおこなえませんでしたが、稼働後は部門単位・売場単位でおこなえるようになります。各店舗の担当者が自分の担当分のリクエストのみを確認し、実際に売場に立ちながら本部に状況を共有できる。コミュニケーションの速度・密度を高めてくれると期待しています。」

近年、バローHDはスーパーマーケット業態において、無店舗型の販売に力を入れています。岐阜県内を中心に展開する移動販売、自社運営のネットスーパー・アイノマ、そして2021年6月よりスタートしたAmazonを介してのオンライン販売です。「商圏内にさまざまな地域があるなかで、実店舗重視の枠組みではお客様との接点を均一に確保することが難しかった」と、小林さん。同社はAmazonとの協業を都市部から進める一方で、移動販売・アイノマについては、郊外を中心に展開を進めています。

小林さん「私たちはAmazonにおけるオンライン販売を都市型のECと捉えています。だからこそ、自社で運営する移動販売やアイノマを郊外から展開することに決めました。売上やオペレーションの面では各チャネルとも見通しが立ちつつあります。この2つのポートフォリオを地域によってどのようなバランスで提供していくか。『お客様とのコミュニケーションの加速』では、この点に議論が集約されていくと思います。

また、Amazonとの協業からは興味深いデータも上がってきています。商品によっては、店頭価格以上でも購入していただけるとわかったんです。もともとこの取り組みでは、Amazonに支払う手数料の関係で、店頭より高い価格設定にせざるを得ませんでした。私たちは当初、この価格が売れ行きに影響すると考えていましたが、実際には多少価格差があっても購入していただけました。このデータは今後の無店舗販売のプライシングに活かせると感じています。チャレンジしたことで新たな発見がありました。」

メーカー・卸と協力し、製造小売業のリーディングカンパニーへ

小売業界では、新型コロナウイルスの感染拡大なども追い風となり、ここ数年で顧客接点におけるデジタル化が加速しました。オンラインショッピングの浸透、キャッシュレス決済の一般化などはその一例です。しかし、同業界には対消費者の分野以外にも取り組むべき課題が存在します。メーカー・卸を巻き込んだオーバープロダクツもそのうちのひとつでしょう。

オーバープロダクツとは、メーカーから卸、卸から店舗へと商品が流通する過程で、各プロセスごとに過剰在庫が発生する状況を指す言葉です。最終地点である消費者への販売数を在庫の基準とするため、それぞれが欠品を起こさない“安全在庫”を確保しなければならず、上流の流通プロセスほど多くの過剰在庫を抱える必要がある点が、業界特有の問題となっています。バローHDはメーカー・卸とのつながりを、どのように見据えているのでしょうか。

小林さん「現在当社は、小売のPOSデータをメーカーや卸に開示し、それぞれに需要予測をおこなうことで、オーバープロダクツに対応しています。しかし現状では、ベースとなる予測システムが不完全であるため、過剰在庫の明確な減少にはつながっていません。今後はこうした仕組みの精度を上げ、さらなる解消に努めていきたいと考えています。ドラッグストア業態で進めている、気象データに基づいたAIによる需要予測と自動発注の仕組みもそのひとつです。

社内のデジタル化が進んだことで、取引先との密なデータ連携が可能となりました。私たちは、関係各社が必要なデータにアクセスしやすい環境を構築することが小売業の責務だと考えています。バローHDは、製造から流通、小売までを総合的に担う製造小売業でもあります。メーカー・卸と連携できる体制が整えば、自社のサプライチェーンにとっても有益となるはずです。」

メーカーとの関係性をめぐっては、新たな取り組みもスタートしています。店頭にデジタルサイネージを設置し、作り手の想いを届けられる消費者との接点を創出しているのです。バローHDは2020年より、「ファンづくりプロジェクト」と呼ばれる同様の取り組みを続けてきました。デジタルサイネージに掲出するコンテンツは、より言葉の温度が伝わるよう、メーカー主導で制作をおこなっています。

「まだ規模は大きくないですが、メーカーとお客様をつなげる取り組みは今後も続けていく予定です。」と小林さん。「コミュニケーションの加速」というキーワードはこうした取り組みにもつながっていると感じました。

最後に、小林さんはバローHDの今後についてこう語りました。

小林さん「小売業界には、オーバーストアや商圏人口の減少、コスト高など、課題が山積みです。長い目で見れば、私たちが主幹事業とする実店舗での販売の機会も減少していくでしょう。そのような時代にあって大切なのは、実店舗と無店舗という2つの販売チャネルのバランスを取っていくことだと感じています。グループが保有する資産を生かしつつ、時代に合った小売であり続けていくためには、さらなる『コミュニケーションの加速』が欠かせません。同じ業界に生きる当事者として、メーカー・卸とも手を取り合いながら、今後もデジタル化に取り組んでいきたいです。」

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この記事を書いたのは・・・
ユウキ
アーバンミュージックとミニシアターが大好きなサブカル男子。最近は飲食・小売のDXに興味津々。