顧客時間・奥谷孝司さんと考える、2022年の小売トレンド・リテールメディアの現状と可能性
こんにちは、みんなのリテールDX編集部のユウキです。
米国で発展の気配を見せているリテールメディア。店舗デジタル化の波が米国から日本へとやってきたように、今後日本でも注目が集まると予測されています。
なぜ小売にはリテールメディアが必要なのか。本記事では、株式会社顧客時間 共同CEO/オイシックス・ラ・大地株式会社 専門役員の奥谷孝司さんをゲストに迎え、2022年の小売トレンド・リテールメディアの現状と可能性を考えていきます。
米国で台頭するリテールメディア。変化の裏にある2つの理由
望月:2022年の小売のトレンドのひとつにリテールメディアがありますよね。米国では、WalmartやAmazon、Targetといった業界大手から、リテールメディアに関する発表が相次ぎました。米国内で広がるこうした動きについて、奥谷さんはどのように見ていますか?
奥谷:米国では世界各国に先駆けて、小売のデジタル化が進んできました。キャッシュレス決済、スマートショッピングカート、BOPISなどはその一例です。これらは当初、先進的な取り組みとしてスタートしましたが、導入が広がるにつれ、生活者にはすでに一般的な仕組みと受け入れられています。このようにテクノロジーに対するユーザーの受容性が高まったことで、リテールメディアに取り組める下地が整ってきたんでしょうね。
望月:確かに、少し前までは視線の先がリテールテックでしたよね。それが最近では、すっかりリテールメディアに代わろうとしています。リテールメディアが台頭してきた背景には、どのような理由があるのでしょうか?
奥谷:ひとつは、米国の小売の市場規模が大きい点です。WalmartやAmazonといったジャイアントリテーラーは、オンライン・オフラインを問わず、たくさんの顧客を抱えています。つまり、それだけ生活者との接点があるわけです。その接点を広告媒体として活用できるリテールメディアですから、自ずと価値が見出されていきますよね。
もうひとつは、ファーストパーティデータ(※1)の重要性の高まりです。サードパーティクッキー(※2)に対する規制の強化で顧客データが集めにくくなるなか、小売業には生活者と直に接して集めた膨大なファーストパーティデータがあります。メーカーなどがそれに価値を感じ、リテールメディアに寄り添っている面もあると思います。
望月:なるほど。サードパーティクッキーの収集を前提にした従来の広告の仕組みが頭打ちになるなかで、ファーストパーティデータを活用したリテールメディアに可能性を感じる人が増えている、と。
奥谷:そうですね。リテールテックに対する取り組みが定着の段階に入って、次はリテールメディアに対してチャレンジする段階なのかと。小売、メーカーの両者にとってメリットがあるからこそ、トレンド化の気運も高まっているのだと受け止めています。
リテールメディアが小売にもたらすもの
望月:先ほど、「リテールメディアには、生活者との接点を広告媒体として扱えるメリットがある」とお話がありました。言ってみればこれは、メーカーとの関係性におけるリテールメディアのメリットですよね。生活者との関係性の面で、リテールメディアにはどのようなメリットがあると考えていますか?
奥谷:顧客情報をユーザーIDの形でしっかり追えるようになる点が最大のメリットだと思います。これまで実店舗では、データの取得・連携ができていなかったばかりに、店内でしか顧客とのコミュニケーションを図れなかった。一方のオンラインショッピングでは、購買データを顧客データと紐づけ、サイト訪問以外のタイミングでも、メールやプッシュ通知といった手法で顧客とコミュニケーションをとってきたんです。もちろん実店舗にも、チラシなどの手法がありますが、これらは不特定多数に対するコミュニケーションですよね。オンラインショッピングで顧客に発信されるメールやプッシュ通知とは性質が違います。
望月:「不特定多数ではない」という点がポイントですね。
奥谷:そうですね。これまで当たり前だったマスのコミュニケーションから、パーソナルなコミュニケーションへと移行できるため、それぞれの顧客に個別化されたマーケティングも可能になります。最適化できれば、顧客体験の向上も狙えるでしょう。
私は日頃から、マーケティングをPlace(場所)から考えることを推奨しています。リテールメディアを活用できれば、店舗という場所に縛られず、Place-lessな接客が可能になる。これまでは顧客が店外に出た瞬間につながりが途切れていたため、Amazonや楽天市場といったオンラインショッピングに売上を奪われていたけれども、リテールメディアから得た顧客データをきちんと活用できれば、店舗以外の場所でもお客様に思い出してもらうことができるわけです。
望月:ようやく店舗以外の場所における顧客体験を考えられるフェーズになった、と。
奥谷:そのとおりです。
望月:一方で、日本国内の小売企業が本格的にリテールメディアに取り組むためには、課題が山積みとなっている実情もあります。たとえば、日本と米国のスーパーマーケットでは、ITに対する投資額が大きく違う。なぜこのような差が生まれているのでしょう?
奥谷:顧客体験という視点を持っているかが根本にあると思います。アメリカの事業者は、生活者に良い体験を提供することが売上の最大化につながると知っている。だからこそ、そのために必要なITへの投資も大きくなるのではないでしょうか。日本だとIT投資を単純なキャッシュアウトだと考える事業者がまだまだ多いですよね。そうした発想の違いが積もり積もって、現在の大きな差を生んでいるのかと。
また、日本の小売が売場至上主義である点も、足を引っ張っているような気がします。「面と向かってのコミュニケーションしか接客と呼ばない」みたいな風潮が、なんとなく存在しているじゃないですか?でも生活者は店外に出たら、ほかのネットストアとも比較・検討し商品を選んでいるわけです。それに気づかないまま、いまだに売場至上主義を唱えている。その店舗でなければならない理由はとっくに失われているのに、いまだにアナログに固執し続けていることも、日本の小売のIT投資が伸びない理由だと感じています。
望月:どうすれば状況を変えられると思いますか?
奥谷:LTVを前提にした経営にシフトすることでしょうね。ITに投資したところで目先の売上は大きく変わらないけれども、長い目で見たときには、投資により環境が整備されたことで、また利用してくれる顧客が増える。一時的なキャッシュアウトに振り回されず、CX with デジタルで経営を考えていくことが必要になると思います。
望月:実際に現場レベルで担当者様のお話を聞いていると、「ID-POSで顧客情報の取得は完結しているから、さらなる投資は必要ない」という意見をよく耳にします。だけど、それだけでは店内以外の場所で顧客とつながりを持つことができない。店外でのコミュニケーションがあってこその顧客情報の取得であるはずなのに、その先の可能性については想像されていないような気がしています。
奥谷:ショッピングできる場所の選択肢が増えてきているからこそ、価格や見せ方、接客以外の方法で訴求していかなければならないんですよね。なぜなら、これらはすべて店舗における顧客とのコミュニケーションだからです。お客様が店舗にいなければ、ノーチャンスということになる。店外での生活者とのタッチポイントを、デジタルを活用し、どのように作っていくか。この点が生存戦略となることに、まだ気づけていない小売が多いと感じています。
望月:そういう意味では、個別のコミュニケーションだったり、レコメンドだったりと、生活者との関わりがダイレクトマーケティング化しているとも言えそうです。
奥谷:本来はデジタルを活用してそれを目指すべきなんですよ。そこにアメリカは気づいているから、ITへの投資も増えるし、日本に先駆けてリテールメディアも発展してきているのだと思います。柔軟にエンゲージメントを考えられないと、取り残されてしまうような気はしていますね。
日本の小売には、DXにおける成功体験が足りていない
望月:奥谷さんは良品計画に在籍していたとき、無印良品の公式アプリ「MUJI passport」の立ち上げに携わりました。当時の無印良品と、現在のスーパーマーケット業界のDXの状況を比較して、どのように感じていますか?
奥谷:アプリの立ち上げは2013年のことですからね。今のスーパーマーケット業界の方がデジタル化が進んでいると思いますよ。当時の無印良品にはID-POSもありませんでしたから。その段階からポイントカードをすっ飛ばして、アプリをリリースしたんですよね。
望月:スーパーマーケットの担当者様とお話していると、「デジタルを導入すると、結果的に手間が増えるから避けている」と伝えられることがよくあります。この点は導入段階で必ずぶつかる壁かと思うのですが、無印良品にアプリを導入したとき、工夫したことなどはありましたか?
奥谷:最初に考えたのは、MUJI passportをお客様にいかに周知するかです。店頭で「MUJI passportって何ですか?」というやりとりが発生すると、都度レジスタッフが説明しなくてはならなくなり、その分だけ現場の仕事が増えます。それでは本部と現場のあいだにアプリ導入に対する温度差が生まれますよね。価値あるものだと理解してもらうために、周知を本部が徹底し、現場のtoDoを増やさないことを最優先に考えていました。
望月:なるほど。私はこうした意見が現場の人手不足によるものだと考えていたんですが、奥谷さんの経験に照らし合わせると、環境によるところも大きいということですね。
奥谷:はい。先ほどお話しした売場至上主義ともつながるんですが、DXの立ち上げ段階では、まだ非効率な運営も多いと思うんですよ。データの裏付けがない売場変更などで現場の手数が奪われていることも珍しくない。もちろん望月さんの言うように、根本的な人手不足によるところもあると思います。けれど、生産性や環境に目を向ければ、解決できる問題もあるはずなんです。
人手不足なのは、米国のスーパーマーケットも同じです。それでもデジタルが課題を解決してくれると信じ、DXに邁進してきた。きっと日本のスーパーマーケットには、DXの成功体験が不足している実情もあるでしょうね。
望月:無印良品では「MUJI passport」の運用がスタートした前後で、顧客体験に対する考え方が大きく変わった印象を受けています。アプリとWEBコンテンツに注力するようになり、その普及とともに折込チラシが減っていきましたよね。
奥谷:そうですね。実際のところ、デジタルを導入しただけで顧客体験が良くなるわけではないんですよ。大切なのは、そのあとなんですよね。お客様が活用したいと思える仕組みを考えられるか、店舗以外の場所でお客様との接点を創出できる仕組みとなっているか、そうした変化を本部や現場が価値のあるものと理解しているか、これらが揃って初めて顧客体験の向上に手が届くんです。
無印良品では、ある程度データが集まった段階で現場のスタッフにも情報を開示し、その価値を感じてもらいました。現場で取り組んでいることがどのようにデータとして戻ってくるかが共有されていないこともまた、本部と現場の温度差を生む要因となっている気がします。
望月:ともすると、DXを推進するだけで革新的に店舗体験が変わる、売上が伸びる、と思われがちですが、DXで可能になるのは、データを活用するための準備の部分なんですよね。日本の小売業界には、その準備がまだできていない企業が多い。時間と場所を超えた顧客とのコミュニケーションのために、しっかり準備していこうという話なんですが。
奥谷:小売店では昔から、店舗の名前やロゴが入ったショッピングバッグを作り、お買い上げ商品とともにお客様に渡してきたじゃないですか?これには2つの目的があると思うんです。ひとつは、商品を持ち帰りやすくするため。もうひとつは、お客様が持つショッピングバッグを通じて、店舗・ブランドの宣伝をするためです。言ってみれば、顧客体験の向上と、店外での生活者とのコミュニケーションですよね。お客様だって、クリックしてすぐに商品が自宅に届くのなら、その方が便利に決まっている。なのに、店舗でお買い物をしてくれるわけです。その意味に小売が向き合わないといけないですよね。
メーカーに有益な情報を共有できる小売が生き残っていく
望月:ここまでは主に小売側の視点でリテールメディアのメリットを伺いました。今度は少し視点を変えて、メーカー側のお話を伺いたいと思います。リテールメディアはメーカーにどのような価値をもたらすと、奥谷さんは考えていますか?
奥谷:メーカーの最大の弱点は、生活者と直接つながれないことです。どれだけ広告を打ったとしても、販売の現場における生活者の反応を見ることはできない。けれど、リテールメディアの運用が実現すれば、メーカーも現場に集まるデータを受け取れます。これまではブラックボックスだった現場の動きを把握できるようになれば、小売と協力し、より具体的に顧客体験を考えることも可能でしょうね。
望月:データの開示が前提ではあるけれども、これまでは流通取引関係にとどまっていた小売との間柄がアップデートされていくというわけですね。
奥谷:データの開示は当たり前になっていくと思いますよ。メーカーにしてみれば、リテールメディアからのフィードバックがなく、自社の商品が誰に届いているかわからない状況では、これまで続けてきたマス広告と同じです。そこが把握できるからこそ、リテールメディアには価値がある。それならば、データの開示があり、かつ広告効率のよい媒体に出稿したいと考えるはずです。優れたリテールメディアに出稿が集まり、ともなって取引条件も良くなっていく。出遅れた小売は、これまでのメーカーとの関係性を失うことにもなるかもしれません。
望月:「より多くの広告費を払うので、競合他社のあの商品よりも良い場所に掲載して欲しい」ということも起こり得るわけですね。
奥谷:小売がそこまで見据えてDXに取り組めれば、「広告収入で回収できます」「マス広告費の一部をこちらに充てましょう」「メーカーに協賛してもらいましょう」というやり方もできるかもしれませんよね。
望月:いろんな可能性を模索できそうですね。
奥谷:Walgreensのリテールメディア子会社のHPに「You know your brand, we know your shoppers.」という言葉がありました。直訳すると、「あなたたちは、あなたたちのブランドのことを知っている。私たちは、あなたたちのお客様のことを知っている」となります。「あなたたち」というのはメーカーのこと、「私たち」というのは小売のことです。つまり、「メーカーは商品のことを知っているだろうけど、私たち小売は、メーカーのお客様のことを知っているんです。だから私たちのリテールメディアを活用してください」という意味になる。
これが本来の小売、メーカー、生活者の関係性ですよね。小売とメーカーがフラットに協力しながら顧客体験を考えられる仕組みがあるなら、活用しない手はないと思います。そうすることが結果的に、非効率な取り組みからの脱却へとつながっていくのではないでしょうか。
望月:裏を返せば、小売が生活者のことを理解していないと、メーカーにも正確な情報を提供できないということですよね。メーカーにしてみれば、生活者をより深く理解している小売とつながりたくなるはずです。そういう視点のない小売は、メーカーに選ばれませんし、メーカーは、そういう視点を持つ小売に投資するべきとも言える。
奥谷:おっしゃるとおりです。それが本当の顧客中心主義ですよね。顧客が中心であることについては、小売もメーカーも異論がないはずです。でも、メーカーからすると、そうは思っているけれども、直接生活者とはつながれていない。小売は小売で、デジタルタッチポイントがなければ、きちんと顧客情報を把握できない。それってちぐはぐですよね。
望月:顧客が中心であることに賛同するならば、そこに全力を注げるような方法をとるべきという話ですね。
奥谷:でも実際は、新店オープンとか、改装リニューアルとか、わかりやすくインパクトのある方向に流れていってしまう。もちろんこれらも大切なんですが、それと同様に、ブランドの世界観や、それを実現する仕組みも大切であるはずです。セールスチャネルばかりでなく、顧客体験を豊かにできる方法にも目を向けなければならない。アメリカでは少しずつ成果が見え始めているわけです。日本も同じ方向に向かっていけるといいですよね。
「情報卸」がリテールメディア推進の旗振り役に
望月:私、無印良品の「諸国良品」シリーズが好きなんですよね。
奥谷:ありますね。日本の各地域の風土から生まれた食品や日用品を集めたシリーズ。
望月:日本には都道府県ができるもっと前の藩だった時代から、その土地に由来する特産品があるじゃないですか?味噌や醤油ひとつとっても、地域によって材料や味が違う。「諸国良品」シリーズは、その魅力を上手に伝えていますよね。
こういう地域ごとの特色は、日本の良いところだと思うんです。どのような方がどのような想いでその商品を生産しているのか。言ってみれば、ブランドストーリーですよね。でもスーパーマーケットに行くと、それが伝わりづらい。
奥谷:ストーリーが知れることも、ひとつの顧客体験ですよね。どこにいても同じ商品を買えるよう、日本では卸や物流が発達してきましたが、その過程で本来生活者に伝えるべき情報は削ぎ落とされてしまった。そういう意味では、商品の良さ、作り手の想いを伝える、「物流」に対しての「情報流」の役割が、現代には求められているのかもしれません。
望月:私もこの課題を解決できるのは、リテールメディアだと思っています。アナログ中心の陳列では、見せられる情報量に限界があります。商品の価値を生活者に伝えるためには、実店舗へのデジタルの導入が必須になると思います。
奥谷:けれど、その役割を担うのは、小売でもメーカーでも卸でもないと思います。D&Sソリューションズのような「情報卸」を担う会社が旗振り役に適しているのではないでしょうか。
だからこそ、D&Sさんのような立場から、小売やメーカーが安心して利用できる、インフラのようなプラットフォームを提供する必要があると感じています。両者にできないことを物流や卸が担ってきたように、リテールメディアの基本となるようなSaaSを情報卸が提供する。それが日本でリテールメディアが浸透するための突破口になるのではないかと。
望月:リテールメディアに取り組むにあたり、最低限必要なパーツを業界内の各プレイヤーが一から作らなくてもよい仕組みを私たちが考えるということですね。その方が目標には早くたどり着ける、と。
奥谷:そのとおりですね。小売とメーカーのどちらの事情もわかり、かつITに明るい存在が業界には必要なのだと思います。
望月:日本でリテールメディアが発展するためには、それくらいの構想が必要なのかもしれませんね。
奥谷:将来的には、商品が作られるまでの過程を動画で見せたり、バスケットに入れた商品にあわせてリアルタイムでレシピを提案したり、いろんな可能性が広がりますよね。これらの施策を打つにあたっても、プラットフォームが統一されていた方がスムーズに進みそうです。
望月:購買体験が大きく変化しますよね。米国のリテールメディアの事例でも、そこまでコンテンツに力を入れているところはまだ見かけません。
奥谷:でも、いま話している仕組みもネットショッピングでは当たり前ですからね。オンラインか、オフラインかにかかわらず、同じ購買体験を提供できるように環境を整えていくことが、ほんとうの意味での顧客体験につながっていくのだと思います。市場規模や、置かれている状況が米国とは違うという前提は受け入れたうえで、日本なりのリテールメディアが生まれるといいですよね。
望月:ネットショッピングの当たり前を、実店舗で実現する。そういう未来が手の届くところまで近づいています。まだ課題は多いですが、業界が盛り上がっていけるよう、リテールメディアの発展に力を注いでいきたいと思います。
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