「地方だからこそ全世代の顧客ニーズを満たすサービスを」 デリシア・萩原清社長が語るリテールDXの狙い
株式会社デリシア(本社:長野県松本市)は、交通や観光などの事業を展開するアルピコグループの一員として、長野県内で60店舗以上の食品スーパーマーケットを運営する企業です。
未来に向けて同社のビジネス競争力をさらに高めるべく、2018年4月に社長就任した萩原清社長は、自ら陣頭指揮をとり、トップダウンで矢継ぎ早に企業改革を進めています。
その改革の中心に据えるのがDX(デジタルトランスフォーメーション)です。今回はその具体的な取り組みや展望について聞きました。
長野県が直面する人口急減の危機
そもそもデリシアが変革を迫られている理由。それは地域課題と密接に関わっています。
現在、長野県はさまざまな地域課題を抱えていますが、他の都道府県と同様、人口減少に起因するものが多いと言えます。一体どのくらい深刻な状況なのでしょうか。
それを示すデータが民間の有識者グループ「人口戦略会議」から出ています。同グループでは若年女性人口(20〜39歳)が2050年までの30年間で半数以下になる自治体を「消滅可能性自治体」と定義。これによると、長野県は26市町村が該当します。
また、国立社会保障・人口問題研究所の調査では、2015年から2045年にかけて17市町村で人口が半分以下になるというデータも出ています。
このような人口構造の変化によって就労人口が減り、多くの企業は人手不足に陥ります。そうすると人材確保の競争は激しさを増し、賃金アップは不可避です。将来この流れはどんどん広がっていくと萩原社長は嘆きます。
もう一つの課題感が、消費者のライフスタイルの変化です。まだリアル店舗で買い物する割合は多いですが、一方で既にリアルとネットを使い分ける世代も現れている。今後は顧客の購買行動の変化が顕著に出てくるといいます。
「若い人たちは時間が大事。ネットスーパーの利用が一段と高まっています。ちょっと前までは買い物に行く時間がなくて忙しいとか、共働きだとかそういった方がネットスーパー使っていたのですけど、今は一つのライフスタイルに。もうAmazonで注文するのと一緒ですよ」
このような事業環境に身を置くデリシアにとって、求められる変化への対応力は、ある部分では都会の企業の比ではないと強調します。
「地方でそんなことをやる必要あるのか、ではなくて、地方だからこそやらないと駄目。サービスのラインナップを拡充していかなければなりません」
デリシアでは現在、リアル店舗だけでなく、移動スーパー「とくし丸」、ネットスーパーによる宅配、産地直送「ファームデリシア」など、幅広くサービスを提供していますが、これも数年後には変わるはずだと萩原社長は見ています。
「移動スーパーはローカルだからこそやるべきだと思って始めました。ただし、10年後のお客さんは恐らく使わないでしょうね。私は今60歳ですが、もうネットスーパーを使います。仮に移動スーパーであれば、オンデマンド型の移動販売車を求めます。要するに、牛乳や惣菜などがほしい場合は、自分で呼び出して玄関まで届けてもらう。その代わり手数料は高いです。だから急がない人はネットスーパーで買えばいい」
「地方の地域密着型スーパーだからこそ、あらゆる世代に当てはまるサービスが必要で、今のまま何もしなかったら、若い人たちにとっては使い勝手の悪いスーパーで終わってしまう。だからサービス領域をもっと広げていくのと、その時代と世代に合ったサービスにどうやって方向転換していくかを常に考えなくてはならない」と萩原氏は力を込めて言います。
リテールメディアの導入と、ネットスーパーの刷新
そのように目まぐるしく変化するビジネス環境に対応するため、デリシアは数年前からDXを推進しています。
「DXに関しては、小洒落た話じゃなくて、本質的には労働人口の減少や、お客さんの購買行動、ライフスタイルの変化が大きく影響しています。これをどうやってデジタルで解決していくかが鍵です」(萩原社長)
では、具体的にどのようなことに取り組んでいるのでしょうか。
一つは、「リテールメディア」の立ち上げです。21年10月にD&Sソリューションズが提供する小売企業に特化したSaaSサービス「RETAILSTUDIO」を導入し、LINEミニアプリを活用した情報発信をしています。具体的には、商品紹介、チラシ配信、同社独自の会員カード「ピコカプラスカード」のポイント残高表示といった機能を備えています。
「LINEミニアプリのユーザーは今、4万人弱ぐらいいて、販促面では一定の効果が出ています。今後、リコメンドした情報に対するお客様の反応がリアルタイムに吸い上げ把握できる機能の拡充や、デリシアとして持っている各種データとの連携ができるとより使い勝手が良くなると考えています」
DXにおけるもう一つの取り組みは、ネットスーパーの強化です。同社では2012年に「デリシアネット便」というネットスーパーを立ち上げたものの、業務が属人化するなどの問題もあり、ずっと赤字が続いていました。そこで22年に10Xの小売ECプラットフォーム「Stailer」を導入してサービスを再構築しました。
「構造改革だと銘打って、一から全部作り直しました。若い人をはじめいろいろな方々にネットの買い物体験をしてもらい、使い勝手の良さなどを重視してスマートフォンアプリ化しました。また配送の仕組みも変えました」
これらが実を結び、導入から1年で売り上げは前年比1.4倍、注文数は1.8倍(2023年8月実績)に成長。早々に黒字化を達成しました。
ネットスーパーについてはリアル店舗の顧客データが紐づいており、仔細な購買分析が可能です。そこから見えてきたのは、店舗で買う人はネットスーパーも併用するし、客単価も高いということでした。
人手不足を補うAIに期待
同社のDX推進はこれだけではありません。この先を見据えて目下研究を進めているのが「AI」です。
「省人化に加えて、レコメンドの最適化など顧客エンゲージメントをどうやって高めるか。それらをAIによって実現する方法をまさに研究しています」
それを具現化したイメージの一つに「スマートストア」があるといいます。セルフレジは当然として、予測型の自動発注も実装したいと萩原社長は意気込みます。
その背景にはやはり人手不足を解消したいという思いがあります。リクルートワークス研究所の調査によると、長野県における労働供給の不足率は、2020年の8.7%に対して、2040年には33.5%と4倍近くに上昇する見込みです。「本当に人がいない。そうなるともうデジタルとAIしかないのです」と萩原社長は訴えます。
並行して取り組むのは、DXを加速させるための組織体制づくり。デリシアでは現在、販促面のデジタル施策を営業企画部が担い、基幹システムを含めた全体のソリューションの運用・管理を情報システム部でおこなっています。しかしながら、業務が複雑化しており、それぞれの役割の見直しを検討しているとのこと。
「DXに関わる業務を統合して1本化したいと考えています。その一環として、情報システム部を総合職から専門職に変えるとともに、若手の採用も強化しています。SEレベルの仕事であれば外部に委託してもいいのですが、ソリューションの仕組みやオペレーションは内製化するべきです」と、萩原社長は人材への投資にも積極的な姿勢を示します。
ロボットも当たり前のように働く世界
繰り返しになりますが、デリシアがDXやAIに注力する最大の目的は労働生産性の向上に他なりません。
「人手不足という前提もありますが、企業として生き残っていくにはもっと生産性を上げないといけません。ことさら小売業界はどんどん人が入ってくるわけではないから」と萩原社長。近い将来、ロボットが働くことも十分あり得るといいます。
「今、どこに行っても配膳ロボットが走っているじゃないですか。あれを最初に見たとき、こんなの誰が使うんだ、人が運んだ方がいいのではないかと。でも、今は当たり前ですし、ロボットに接客されたと怒る人もいませんよね」(萩原社長)
課題先進地域の地方だからこそ、あらゆる顧客のニーズを満たすような施策を打たねばならない。萩原社長のこの言葉は非常に説得力があり、だからこそデジタルを駆使した変革を推し進めようとしているのは納得がいきます。そしてまた、躊躇なくスピーディーに意思決定できるリーダーの存在が不可欠であることも、萩原社長のインタビューを通じて学ぶことができました。
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