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デジタルを共通言語に。「もっとお客さまの近くへ」を合言葉に進む、日清オイリオのDX

こんにちは、みんなのリテールDX編集部です。

小売・食品メーカーの業界において、リテールDXに積極的に取り組んでいる企業のキーパーソンに、現場の生の声を聞く連載「リテールDX事例、あの会社に聞いてみた」。今回お話をうかがったのは、日清オイリオグループ株式会社(以下、日清オイリオ)・デジタルイノベーション部の関口和洋さんと、食品事業本部ホームユース事業戦略部ホームユース課の長谷川重典さん、安田紗希さんです。

日清オイリオとD&Sソリューションズは2021年、リテールメディアに対する広告出稿において協業しています。こうした取り組みに至る過程には、どのようなデジタル化への意識があったのでしょうか。それぞれの立場から変化を見つめてきた3人が考える、日清オイリオのDXの過去・現在・未来とは。

一筋縄ではいかなかったデジタル化への歩み。過去のチャレンジが現在の推進力の糧に

日清オイリオは、東京都中央区に本社を置く、日本を代表する食品メーカーです。「日清サラダ油」「日清MCTリセッタ」「BOSCOオリーブオイル」といった食用油のほか、「日清アマニ油ドレッシング」「日清マヨドレ」といった調味料商品、「日清MCTオイル」のような美容・運動をサポートする商品などを生活者向けに展開しています。

(出典)日清オイリオHP

同社がDXに向けて動き出したのは2017年のこと。デジタル化への取り組みを先導していた情報企画部(当時)が中心となり、蓄積するデータの利活用に対する検討がスタートしました。しかし、当時は「デジタルトランスフォーメーション」という言葉だけが独り歩きする状況で、道筋もゴールも明確には捉えられていなかったそうです。取引のあるIT系のコンサルティング会社などからデジタル化に関する最新の情報を収集しながら、少しずつ知見を深める日々が続きました。

そうした動きと並行して取り組んだのが、製造工場の自動化です。日清オイリオは、横浜磯子・名古屋・堺・水島と、国内に4箇所の製造工場を抱えています。食品メーカーにとって製造はビジネスの起点。その部分を効率化することで、同社はデータの利活用とは別の角度からも変化を目指しました。

日清オイリオ 横浜磯子事業場(横浜磯子工場)

関口「製造工場の自動化に注力し始めたのが、2018年ごろのことです。当時はAIやIoTによるファクトリーオートメーションに注目が集まっていた時期で、私たちもそれらによって製造工程の効率化ができるのではないかと考えました。まず制御機器と生産関連の基幹系システムを連携させることからはじめています。本部の生産部門と製造の現場が連携しながら、全社的なプロジェクトとして進んでいる最中ですね。」

「スマートファクトリー」がスタートした背景には、働き方改革の影響がありました。2015年、日清オイリオも働き方改革の取り組みを開始しましたがそこには大きな壁がありました。オフィスワーカーがテレワークなどにより新たな働き方を取り入れた一方、工場で働く人たちにはそうした働き方が難しかったのです。「製造がビジネスの起点であるからこそ、現場で働く人たちがやりがいを持って長く働ける環境を作っていかないといけない」そのような使命感がプロジェクト始動の原動力となりました。

関口「『ファクトリーオートメーションによる業務効率化』とひとくくりに表現すると、人件費削減の意味に捉えられがちです。けれど、私たちが目指す効率化とは、現場で働く人たちにかかる人件費を減らすことではありません。デジタルが得意な仕事をそれらに任せることで、人にしかできない仕事に時間を割けるようになります。そのようにして製造現場の生産性を向上させることこそが、プロジェクトの大きな目的です。それがDXの本来あるべき姿ですよね。」

このような段階に至る過程には、当時注目度の高かったAIやIoTセンサーの活用による生産ラインの自動化を検討した時期もあったそうです。しかしながら、こうした取り組みは想定した成果に結びつかず、頓挫した経緯もあります。

日清オイリオは2021年9月、社内に「DX推進室」と呼ばれる部署を新設。他部署のキーマンが役割を兼務する形で、継続してDXへと邁進してきました。2023年4月には、同社のDXを先導してきた情報企画部と統合し、「デジタルイノベーション部」へと名前を変えています。「過去のチャレンジによってデジタルを受け入れる土壌が整い、結果的に現在の推進力へとつながった」と関口さん。その言葉には「失敗を恐れては前に進めない」という強い意志が宿っていました。

モデルケースとなったリテールメディアへの広告出稿。施策の成功がもたらしたもの

一方、食品メーカーにとっては、販売も重要な業務領域のひとつです。DXによっていくら製造面が効率化されたとしても、販売面に手落ちがあっては、メーカーとして生き残ってはいけません。日清オイリオは販売におけるDXをどのように考えているのでしょうか。

長谷川「エンドユーザーを見据えた販売という意味では、最終的な販売促進も大切なんですが、まずはマーケティングのデジタル化が必須になると考えています。ここでいうマーケティングとは、商品の販売に直接関わらない部分。企業マインドの醸成まで含めた、より総合的な意味でのアプローチを指しています。たとえば、ID-POSなどを活用し取得したお客様の購買データからカスタマージャーニーマップを考えるといったものですね。現状では元となるデータ基盤が整備されているとは言えません。顧客体験にコミットするために、マーケティングをデジタルで具体化していきたいというのが、いま私たちが目標としているところです。」

そのような課題感を抱えるなかで、日清オイリオは2021年11月、D&Sソリューションズと協力し、複数のスーパーマーケットアプリにデジタル広告を配信しました。担当した安田さんによると、マーケティング観点での効果も見据え、実施を決めたそうです。

安田「当社商品の中で、商品特長を店頭で伝えきれないという課題を抱える商品があり「日清マヨドレ」もそのひとつです。その課題を解決するために選んだのが、スーパーマーケットで買い物をする生活者の方々に向け、マンガ調のストーリー記事を配信する施策です。実施を決めた理由は2つあります。ひとつは、ロイヤルカスタマーの獲得には商品の魅力を正しくかつ深く伝える必要があると考えたこと。もうひとつは、ID-POSと連携し、顧客行動を購買まで追うことが広告効果の見える化につながると考えたことです。」

食品メーカーは従来、小売店を通じて商品を販売するため、広告効果の正確な分析が困難でした。しかし、業界にリテールメディアが浸透しつつあることで、少しずつ状況は変わっています。

実際に配信したマンガ調のストーリー記事

同施策では、広告接触の有無により、購入率に15倍の差が出ました。「配荷率や販売数が多い商品ではないという点を考慮する必要があるものの、当初の想定を超える、良い結果が出た」と、安田さんは語ります。当該商品をすでに購入していた方からは、「大容量ボトルで売って欲しい」という嬉しい声も聞けたそう。その他の様々な声からも、商品の開発・販売をおこなう当事者でもまだ気づけていなかった新たな商品力を知ることができました。

安田「小売を介して商品を販売するという食品メーカーの特性上、このような想いのすれ違いは、他の商品でも起こり得ることだと思います。当社だけにとどまらず、多くの同業者さんが知らず知らずのうちに、こうした問題を抱えているのではないでしょうか。今回の施策からはさまざまな気づきを得られました。結果を踏まえ、また新たな施策を検討していきたいと考えています。」

テーマは「もっとお客さまの近くへ」。広がる販促・マーケティング分野でのデジタル施策

日清オイリオは2021年度から2024年度の4年間の中期経営計画の柱として、「もっとお客さまの近くへ」というテーマを掲げています。この旗印のもとで進んでいる取り組みが、デジタルを活用したBtoB向けのインバウンドマーケティングです。

(出典)日清オイリオHP「ビジョン2030」より

インバウンドマーケティングとは、ブログやSNS、オウンドメディアなどの媒体に向けて企業がおこなった発信を、見込み顧客に自発的に見つけてもらうことで新たな販売機会を創出するマーケティング活動のこと。テレビCMや広告、ダイレクトメールといった企業が積極的に働きかける手法(=アウトバウンドマーケティング)とは異なり、よりニーズに対する理解が必要となります。

関口「きっかけは、私たちの抱える商品や素材について、社内ではまだ気づけていない使い道があるのではないかと考えたことでした。従来のアウトバウンドマーケティングでは、私たちの考える商品の魅力を紹介することしかできませんでしたが、世の中には使う人それぞれに解決したい課題があるはずです。たとえば、開発の過程で生まれた、まだ商品化に至っていない素材でも、使う人によってはなにか価値を見出だせるのかもしれない。インバウンドマーケティングに取り組もうと考えたのは、このような経緯からでした。」

長谷川「ウェルネス食品を扱う営業部門では、病院や介護施設などに勤務する管理栄養士さんに対し、LINEを使ってさまざまな意見をうかがっています。商品が実際に使われている現場にこそ、まだ私たちが気づけていない課題やニーズが眠っていると考えています。エンドユーザーの声を商品に反映し、新たな販路を開拓する。これが私たちがテーマに掲げている『もっとお客さまの近く』です。」

近年、小売業界では、「パーソナライズ」「スモールマス」といったキーワードが注目を集めています。これは、多様化する生活者のライフスタイルや興味・関心にあわせ、これまでのマスマーケティングよりさらに小さな単位、場合によっては個人を意識しながら販売機会を創出していこうとする考え方です。

日清オイリオの掲げる「もっとお客さまの近く」というテーマは、まさしく「パーソナライズ」「スモールマス」を体現するもの。長谷川さんは「10年前の日清オイリオでは考えられなかった」と語ります。変化の時を迎えているのは、DXに向けて長年歩みを進め続けてきたからこそなのかもしれません。

長谷川「当社では現在、パーソナル・ダイナミックプライシングの実証実験もおこなっています。これはお客様それぞれの属性に応じて、ポイントバックという形で商品に価格差を設ける取り組みです。私を含めたすべての生活者は、それぞれに独自の生活リズム、ライフスタイルで暮らしています。だからこそ買い物に出かける時間や、求める商品、リーズナブルと感じる価格もまちまちですよね。けれども現状では、基本すべてのお客様に同じ価格で商品を打ち出しています。そのせいで販売機会を失っている可能性もあるはずです。この施策では、購買データなどから生活者の属性を判別し、ポイントの還元率を変えています。リピーターの方であればポイントなし、初回購入のお客様は50ポイント、売り場で買おうか悩んでいると見受けられる方には100ポイントといった具合ですね。新たなお客様に商品を知っていただける機会になるのではないかと期待しています。」

日清オイリオは2022年12月、D&Sソリューションズとともに、調味料商品「日清やみつきオイル」を対象にした新たな取り組みに挑戦しています。同施策では、当該商品について、使い方の異なる2つのコンテンツを配信。得られた購買データをもとに分析をおこなうことで、どちらがより生活者のニーズにマッチしているのかを検証しました。この取り組みでは、「料理に後がけ」を閲覧した人の購買率が、「調理時に使う」に対し、4倍以上高い結果が明らかとなっています。同社は今後、コンテンツの閲覧者にアンケートを実施し、生活者の生の声を収集する計画を立てています。

お客様の声に耳を傾けながら、良い商品を作る。そこには「まだ見ぬお客様とより良い関係を築いていきたい」と考える日清オイリオの想いが隠されています。燃料費などの高騰で値上げが続く小売業界。食品メーカーと小売、お客様の三者がWin-Winの関係となることが、適切な利益を生み、最終的にはより良い商品の開発・販売につながっていきます。これらの取り組みもまた「もっとお客さまの近くへ」というキーワードを体現したものであるように感じました。

小売・食品メーカー・生活者。三者の対話の先に、業界の未来がある

始動から6年が経過し、少しずつなすべき変化の輪郭が見えてきた日清オイリオのDX。とはいえ、まだ道の途中であるため、課題も少なくない現状があります。

関口「集まるデータがあってこそ、その先の利活用が検討できます。まずはさまざまなデータを入れる器のようなものを全社共通の基盤システムとして作っていかなくてはなりません。道筋がはっきりしたことで、ようやくこの点に着手する準備が整いました。2021年ごろから整備を進めています。」

長谷川「また、業務レベルになると、デジタルの活用に個人差がある現状も見えてきています。今後に向けては、活用レベルの均一化も必須になるでしょうね。そのために精通する社員の知見を集約して、全体にテンプレートとして共有する必要も出てくるのだろうと感じています。属人的な要素を減らせれば、業務レベルの向上にもつながっていくはずです。」

リテールメディアの登場により、ターニングポイントを迎えている日本の小売・食品メーカー業界。これまで小売を介してしか得られなかった食品メーカーと生活者の接点は、確実に増加傾向にあります。そのような時流のなかで、国内の大手食品メーカーである日清オイリオは、業界の未来をどのように見据えているのでしょうか。

安田「オンラインストアが台頭する昨今ですが、それでも実際に商品を手に取れる店頭の価値は失われないと考えています。一方で、現状の打ち出し方ではこだわりを持って開発した商品も画一的な見せ方となってしまうため、本来の魅力が伝わりにくい状況もあるのかと。そうした課題を解決するために、小売様との協力、デジタルの活用が不可欠となっていくのではないでしょうか。私たちは良い商品を開発し、届け方を工夫する。お客様には商品の良さを知っていただいた上で購入・使用してもらう。このサイクルが広がっていけば、自ずと小売・食品メーカー・生活者の理想的な関係性が見えてくると思います。販売促進に携わる立場として、小売様、お客様との良好な関係を模索していきたいですね。」

関口「業界全体、さらには各企業のデジタル化により、新しいエコシステムが生み出されつつあるのだと感じています。三者がオープンに話せる環境が構築できれば、全員にメリットが生まれます。私たちの標榜する『もっとお客さまの近く』は、そういうことなんですよね。小売様・お客様との貴重な接点を生かし、より良い商品の開発・販売に努めていきたいです。私に求められているのは、そのために必要なデジタル環境をいち早く整備することだと受け止めています。さらなる推進力を持って、DXに取り組んでいきたいです。」

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